朝日町発祥のスポーツ「ビーチボール」
昭和54年(1979)に富山県の朝日町で考案されたビーチボール。白と緑のストライプが鮮やかなビニール製のボールと、バドミントンのコートを使用して行う4人制のバレーボールながです。柔らかいボールは初心者にも扱いやすく、「いつでも、どこでも、だれでも」手軽に楽しめるスポーツとして、全国へと広まっていきました。
もともと朝日町では、昭和30年(1955)頃から農作業での「腰曲がり予防」のために9人制のバレーボールが盛んに行われていたそうながよ。お昼になると地域住民が総出で、神社やお寺に集まり、庭に穴を開けてポールを立て、手作りのネットを張りプレーされていたとか。当時、主婦がスポーツに参加することはそう簡単なことではなかった時代やったそうで、「練習の間、子供の面倒をお姑さんや周りの方達がみてくれっしゃったが。凄いことやったがよ」と、教えてくださったのは大家庄スマイルに所属する右井康子さん。スポーツが家族や地域の繋がりを強めていくキッカケになったがです。
今回は、朝日町の大家庄地区の30代から70代の女性が中心となって活動されているビーチボール団体「大家庄スマイル」の皆さんにビーチボールについてお話を伺ってきました。
4分の1の大切さ
ビーチボールのボールは、軽くて柔らかく、木の葉のようにゆらゆらと軌道が変化しやすいのが特徴的。上級者ともなると、ものすごいカーブを描いて相手コートを狙うこともでき、真っ直ぐに飛んでいかないところがビーチボールの面白さの一つでもあるがです。また、ボールが柔らかいといっても、アタッカーが芯を打ち抜けば、ものすごい威力のあるボールとなり、想像するよりもずっとスピード感がある面白いスポーツながですよ。
そんな変化に富んだボールを相手にする分、一人一人の役割が大切になってくるのがビーチボール。バトミントンダブルスと同じ広さのコートを、1チーム4人で守り攻めるがですけど、ボールがストンと床に落ちることもあれば、フワっと浮くこともあり、それぞれが最後まで諦めずに追いかけ手を伸ばせば、次へのプレーへと繋ぐことができるがです。
「私はセッターやから、ボールを上げたら絶対、藤井さん(アタッカー)が決めてくれる!という思いがある。だから、精一杯上げることができらいちゃ」と、広田京子さんはチームメイトへの信頼を語られます。
どの団体競技でもいえますが、ビーチボールも4人の信頼関係があってこそ思い切ったプレーができるがですね。