岩谷さんが音楽活動を始めるきっかけとなったのは、中学生のとき何気なく聞いていたラジオの深夜放送でした。流れてきた曲はタイトルも歌手も分からなかったけれど、聞いた瞬間に電流が走ったそうながです。「石ころだらけのこの道を/まっすぐ歩いて行くと/親せきのおばさんの家(うち)…」その歌詞は自分が母方の実家に預けられていたときに見た風景そのままで、岩谷さんは思わず歌詞を書きとめ、翌日レコード屋さんへ。その歌が南こうせつさんの「幼い日に」だということが分かり、さっそくレコードを買ってきたがですって。
昭和40年(1965)生まれの岩谷さんは、当時「神田川」も知らなかったそうですが、それからフォークやニューミュージックといわれる音楽に夢中になり、歌うようになりました。高校時代にはギターも覚えて自分の曲を作ったりもされとったそうながですよ。
高校卒業後は就職し、仕事のかたわら音楽活動を続けていた岩谷さん。ある日、かぐや姫のコピーバンド「秋風」のライブを見に、魚津駅前のライブハウスを訪れました。残念ながらバンドはお休みだったがですけど、ピンチヒッターとしてステージに上がっていたギタリストの演奏に、言葉にできないほどの衝撃を受けたがです。「自分もギターは弾くけれど、この人の演奏は全然違う!」曲をリクエストしているうちに彼のギター伴奏で岩谷さんが歌うことになり、翌週からは2人で活動するように。彼こそ、楽屋姫のギタリストとなる松谷康晴さんだったがです。
その後、「秋風」のベーシスト寺島和紀さんも加わって、平成7年(1995)に「楽屋姫」を結成。口コミで徐々に人気が広がり、いまやイベントのステージに引っ張りだこ! 商店街やショッピングセンターをはじめ、お祭り、式典、お楽しみ会などにも呼ばれ、いろいろなところで歌を歌っておられるがですよ♪
ソロとしても活動している岩谷さんは、楽屋姫でのステージも合わせると年間100本以上のコンサートに出演しているそうながです。お勤めもされとるがに、すごい回数ながです・・・。「単純に、自分の歌で喜んでもらえるのがうれしいんです。頼まれればどこでも行きますよ。」
岩谷さんの語りかけるような優しい歌声はどこか懐かしい感じがして、耳に心地よく響きます。プロになりたいと思ったことはないそうですが、歌にかける情熱はプロ顔負け。「ちゃんと声を出せなかったら、自分が納得できない。朝起きてすぐには歌えないので、午前中に歌う日は早起きして、声の調子を整えてからステージに上がるようにしています。」
日頃の体調管理に気を遣うのも、プロ意識の表れ。「拍手をもらったり、ほめられたりするのが原動力になる。楽しんでもらえたら自分もうれしいから、いろいろ工夫もするんです。」お客さんのこともしっかり考えているステージだから、見ている方も楽しいがですねっ☆