ろうそく屋さんのろうそく
春・秋のお彼岸やお盆のお墓参り、毎日の仏壇に添えるろうそく。電鉄魚津駅近くの魚津城跡南側の小路にある高松ろうそく店さんは、赤いろうそくが描かれたかわいい看板が目印のお店ながよ。ろうそくがたくさん使われていたであろう魚津城の城下町で、明治4年の創業から100年あまり、代々受け継がれてきた技術をそのままに、現在の高松正夫さんで三代目となる老舗ながよ。
ろうそくには、海外から伝わった”洋ろうそく”と、室町時代に日本で生産が始まった”和ろうそく”があるが。高松ろうそく店さんでは、和ろうそくを中心に扱っとられるがやけど、和ろうそくもさらに二つに分かれるがよ。
一方は木型に灯芯を入れ蝋(ろう)を流し込む方法。アイスキャンディを作る方法に似とるちゃね。木型は一軒一軒違とって、各店独自の型があるがやって!
もう一方は手掛け(てがけ)と言われる方法で、芯を中心に、融けた蝋を手で凹凸を消しながら塗り重ねていく方法で、切り口が年輪みたいになるが。どちらも熟練の技を必要としとるがやけど、手掛けの方が、より根気と正確さを要求されるがよ。
現在、灯芯は和紙(紙芯)が中心ながやけど、50号(1号=3.75g)以上の大きなものには昔ながらのイグサの皮を剥いだ髄の部分を使用。また蝋は、植物性や動物性の油脂分を固めたものを使用しとられます。
本物の炎を作る
店先の一角に作業場があり、高松さんはここで手掛けの作業をしとられるが。蝋は融かしてトロトロにした状態で使うがやけど、夏は暑さでなかなか蝋が固まらず、冬は寒さですぐ乾いてしまう。なので、作業場の温度は35~37℃くらいに保ち、とにかく作り出したらその日の内に作り上げてしまうがよ。だから、根気と蝋の熱さによってできた高松さんのその手にある大きなマメと火傷の痕は、本物の証ながやね。
取材の日、人の腕ほどある巨大な200号のろうそくを見せてもらったがやけど・・・
で、でかいっ!!(○□○)
過去には浄土真宗のお寺さんに頼まれ、これよりも更に大きい12kgものろうそくも作られたとか。もちろん、この大きさのものでも一日で作り上げたとのこと。木型のろうそくも素晴らしいものながやけど、これだけ一本一本手間を掛けて造られたろうそくをそなえたら、ご先祖様たちも喜んでくれそうやね♪
人々の暮らしと共にあるろうそく
ところで、何故ろうそくは一定の炎と光を保ちながら燃え続けるか知っとる?これは、芯の先に灯った炎によって周囲の蝋が融けて芯に染み込み、更にそれが気化して燃焼することで燃え続けるからだそうなが。でも、理屈では同じでも、和ろうそくと洋ろうそくでは炎が違うがよ!和ろうそくは夕焼けのような赤さや明るさで燃えぽかぽかするが。また、中空のため炎が消えにくく、風がなくても炎の形は絶えず変わり、揺らぐ姿は、人の魂のようにも思えてくるがよ。
高松さんは、『伝統工芸といえど、建物は残るがろうそくは残らない。ちょっと寂しい。』と言われるが。確かに一度火を灯すと、もう残らない。また、以前は7,8軒あった魚津のろうそく店も今は1軒だけ。黒部市三日市にも高松ろうそく店さんの分家はあるけれども、製造はしてないそうなが。なんと新川地区でみても、製造販売しているのはここだけだそう。けれど、『生まれてから死んだ後までずっと、人々の人生の節目をろうそくの炎が彩ってきた』とも言われたが。なるほど、そう思えば建物以上に長く人々の暮らしに残っているとも考えられるがよ。
脈々と受け継いできたこの炎の歴史を、もっともっと興味を持って後世へと繋げたいちゃね。
取材させていただいたお店・品 | 高松ろうそく店 和ろうそく |
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TEL | 0765-22-2785 |
住所 | 魚津市新角川2丁目3-29 |
備考 | 多くの種類のろうそくやお香があります。 〈営業時間〉 7:00〜18:00 〈定休日〉 日曜日 |
(2014年09月25日)